大きな庭を持つ江戸時代から続く家には、
梅、松、ツツジなどの 老木が目立ちます。

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これ、なんだか分かりますか,これは、番木と言ってこの部落の寄り合いの
時などに、時間ですから、集合して下さい、言う合図に、カーン,カーンと打ち鳴らしたそうです。50年ぐらい前まで、使われていたようです。
その後ろ見えるのは火の見やぐらです。これは、40年ぐらい、前まで現役
だった、ようです。その後ろに小さく見えるのが、現在の緊急情報や村からの
お知らせなどが、放送されます。、
須川宿の景観ポイント

たくみの里

養蚕が盛んだったこの地方では、蚕室を兼ねた大きな家があります。2階と3階が蚕室として使われていました。

須川堰
昔は道の中央に流れていましたがその後、道の東側に移されました。堰の両側には全長450メートルの長い花壇が作られ、早春の福寿草から〜スミレ〜パンジーサルビヤ〜豆菊などなど、四季折々の花が咲き乱れそれは見事な景観です




平成12年県内唯一の歴史国道に指定されました

須川宿、中ほどの教会前には東屋があります。ここで一休みしてお弁当でも食べて、又須川宿の探索を楽しんで下さい。

ここからが須川宿の玄関口です。
雪の山を、越えると新潟県です。

記念撮影バックの一番人気

雪の水車小屋 

ここ旧三国街道須川宿は、貞享三年【江戸前期 】に残された、記録によると、須川村の町組と
言われ宿の戸数は、49軒現在もほとんど変わっていません。当時は宿場町として、栄えましたが
明治7年切ヶ久保新道や湯宿の赤倉新道が開通すると、温泉の湧く湯宿に旅人が足を向けて
しまうので、すっかり寂れてしまいましたが、現在でも本陣、脇本陣址には、古い土蔵や、門
 旅籠屋址の家などあり、古い屋号などで呼ばれているい家が何軒か有ります。

宿はずれから見える桜の老木笠原方面の里山に咲くさくら

資料館の門番の用に立つ梅の老木

くるみの家の前、見城家の梅の木、樹齢300年以上と思われる大木です。この木は家主の都合でこの場所に30数年前に移動した、との事です。
こんな大木の老木を移植のするのは、庭師として至難の業と思われます。そんな職人がこの宿の中におりました。老木が守られてきたのも、そんなの職人の技と力が有ったのです。

宿のはづれに700百年以上の歴史を持つ熊野神社があります。
杉の古木に囲まれて神秘さが漂います。

二階コーシーショップ&ギャラリー(つるばみ) 
宿通りの景観を下に眺めながらのコーヒーの
味は格別、脇本陣跡の門と資料館が見えます。

i一階木織製品展示、即売

早春の宿通りには、堰沿い400メートル ーに、福寿草がに植えられており2月上旬には雪の中からむくむくと顔をだします。

大きな農家の屋敷がつづく 宿通り

江戸時代に建てられた 本陣の門 今は資料館の
門として使われています。

須川ハリストス正教会
(聖バンテレイモン聖堂)

宿場通りの老木

(ながーい蔵)これも養蚕農家特有の作りで向かって右側が蚕の餌になる桑の倉庫左側が米蔵となり、完全に仕切られています。 

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幕末の旅人の宿。家の中には賊に備えて、吊り天井があります。蔵などを除けば最も古い家です。。現在は、一階が木織の家二階がコーヒーショップ&ギャラリーなっています。